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ごあいさつ

いぶきを共に支え発展させましょう

社会福祉法人いぶき福祉会
理事長 横山 文夫

 日頃から社会福祉法人いぶき福祉会にご支援をいただき感謝申し上げます。また、このサイトに初めて来られた方は、いぶき(私たちは日頃、法人を総称してこう呼んでいます)の理念とこれまでの活動実績をご理解いただけるようお願い致します。

 社会福祉法人いぶき福祉会の前身のいぶき共同作業所は、1980年代の前半に、竹中均さんのご両親の竹中隆晟さん恵美子さんご夫妻らが中心になって開設されました。1991年、社会福祉法人設立準備会が結成され、私が準備会の会長に選任されました。当時私たちが共同作業所の社会福祉法人化を目指したのは、年間100万円前後の岐阜市からの補助金や古新聞集めなどでは、篤志家の方から室を間借りして、障害者の保護者や退職して年金で暮らしておられた先生などが指導員として運営する共同作業所の域から抜け出すことができなかったからです。どんな重い障害のある仲間も入所できる定員30名の認可施設を建設しよう、障害者福祉の専門家の職員に仲間を託せる社会福祉法人を設立しよう、それが30年前の私たちの共通の目標でした。

 その後幸いにも私たちは、岐阜市島支所の跡地の無償貸与をうけました。それに励まされて、懸命の建設募金活動をして約7,000名の市民の方々から、約7,000万円を越える資金を集めました。そして1994年7月に法人認可、1995年4月には、現在と同じ島新町に知的障害者授産施設「いぶき」を開設することができました。その後私たちは、いぶきに加入したい、親亡き後の仲間が暮らせる場所をつくろう、という仲間や保護者の願いに応える形で、岐阜市出屋敷に「第二いぶき」、デイサービスセンター「コラボいぶき」、そして「パストラルいぶき」等の施設を建設してきました。これらの施設建設の都度、多くの市民の方々に、理解と協力を呼びかけ、募金をお願いしてきました。法人認可から約26年目、そして第二いぶき開設から約21年目を迎えた今日、私たちは努力を重ね、工夫をこらし、いぶきを設立した際に理念とした施設の実現を目指し続けてきました。

 今回の機会に、改めていぶきが大切にしてきた幾つかのことをお話しいたします。

 第1は、いぶきは、障害のある仲間を中心として、仲間が主人公の施設運営を続けていることです。これは「きょうされん」の方針でもありますが、私たちいぶきは、独自に工夫を重ねてきました。後援会、現在は「いぶきファミリー」といいますが、その会報「夢よもっとひろがれ」においても、「いぶきふれあいまつり」のときでも、その考え方は端的に知ることができます。

 数年前には、施設の元職員が押し入り、障害のある方々がたくさん殺害される事件もありました。被害にあった方々は、名前すら公表されていません。障害のある方とそのご家族は、まだなお、そうせざるをえない現実に取り巻かれています。そんな社会に向き合いながら、私たちいぶきは、日常の施設運営の中でも、生活の中でも、仲間第一の方針を追求してきました。いぶきの障害のある仲間も家族も、皆胸を張って生きています。私たちはそんなひとりひとりの尊厳を守り続けていきます。

 第2は、いぶきは、仲間の仕事づくりでも、努力と工夫を重ね、着実に成果を上げてきています。障害者福祉団体だから、かわいそうだから、製品を買ってもらうのではなく、他の民間企業に負けない製品をつくろうと、仲間も職員も一生懸命取り組んできました。そして、「ねこの約束」のかりんとうや招き猫マドレーヌなどは、福祉施設の商品としてではなく、一般の商品として高く評価されています。これ以外にも、いぶきはたくさんの商品を、他の団体と共同で開発に取り組みつづけています。

 第3は、いぶきは、設立当初から厚生労働省が定める障害者施設の設備や人員配置等の基準を上回る施設づくりとその運営を常に目指してきました。そのため、厚生労働省の基準の障害福祉サービス等事業収入などだけでは不足しかねない運営資金や建設資金は、募金活動やいぶきファミリー(後援会)からの寄付、施設の中での節約や経営的な工夫で捻出してきました。皆さんはご存知ないかもしれませんが、いぶきでは、職員と兼任する役員以外は、理事長の私も含めて1円の報酬も受け取っていません。また、ほとんどの職員が、いぶきファミリーに入会し会費を支払っています。レベルの高い障害者福祉の実践ができなければ、「いぶきのいぶきたる存在意義」がありません。そのためには「財政基盤の確立」が不可欠です。

 第4は、いぶきが、数千人の市民に支えられて設立され、存続してきたことです。いぶきの仲間の保護者、職員、役員らが数百、数千名の市民とつながっています。いぶきファミリー会報の発行部数は1,500部を超え、紙面で広範な市民にいぶきの活動を知らせてきました。ただ、これまでそんないぶきを作ってきた役員らは、私も含めて、老齢化の時期を迎えつつあります。これからは一人ひとりの若い職員の皆さんが、3名、5名、数十名の保護者や市民の皆さんと、理解・支持・支援の絆で結ばれていく方策を考えて実践していってもらわなければなりません。規模が大きくなったいぶきが、国の報酬体系基準の見直しなどにより、将来重大な経営的な危機に直面する場面も想定されます。どうかよろしくお願いします。

 第5に、いぶきは、職員の皆さんの生活と権利を大切にした民主的な施設づくり・職場運営に努めてきました。理事や幹部職員の経験不足で、不十分な面もあると思いますが、問題があれば改善して、風通しのよい施設づくりに努めていきたいと考えています。

 最後にいぶきとは関係のない話をします。私は、7年程前に日本百名山を踏破しました。現在でも年数回ハーフマラソン、フルマラソンに挑戦しています。30代、40代のころは、家庭を放棄して、弁護士の仕事に没頭してきました。しかし今では、バランスのとれた生活をしなければ長続きしない、家族を大切にし、仕事以外に趣味や人間としての楽しみ、安らぎを持てる場面が持てなければ、仕事においても十分に自分の力を発揮できないと信じるようになりました。

 いぶきは、ご理解をいただけた多数の市民、障害のある仲間と保護者、職員と役員らに支えられ、25年間存続し発展してきました。これからも初心を忘れず、以上の点を大切にして、努力と工夫を重ねていきますので、いぶきを共に支え、発展させていけるようご理解とご支援をお願い致します。

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